「君はとてもきれいだよ。そのことは知ってた?」
村上春樹の新作『アフターダーク』に出てくるセリフである。
浅井マリは美人の姉エリに強いコンプレックスを持っていた。
そんなマリは繁華街で一夜を過ごす。
そこで、高橋という男と会話を交わすのだが、マリはなかなか心を開かない。
そして、夜明けを迎えた時、
別れ際に高橋がマリに前述のセリフを語りかけるのだ。
「君はとてもきれいだよ」だけだと、歯が浮いて恥ずかしい。
殺し文句としては失格だけど、
そのあとに「そのことは知ってた?」というセリフを
もってくることで、一変する。
高橋の優しさがにじみ出た素敵な「殺し文句」になるのだ。
村上春樹の会話のうまさについては今さら言うまでもないけど、
特別な言葉を使わなくても言葉の運び方ひとつで
人の心を打つことができるのだと改めて思わされる。