「男で苦労するの好きでんねん」
上方喜劇の大御所として知られたミヤコ蝶々のセリフである。
その人生は壮絶だった。
7歳で初舞台を踏んで以来、旅回りの日々。
妻子ある男性と不倫の末、ヒロポン中毒になった。
そして、介抱してくれた男性(のちにコンビを組む南都雄二)と結婚。
しかし、南都の浮気で離婚した(南都は48歳の若さで死去した)。
そんな2回の離婚歴があるミヤコ蝶々はあるとき作家遠藤周作氏に
こう訊かれた。
「もう結婚はなさいませんか?」
すると、彼女はこう答えたのである。
「しますよ、できたら。わたし、男で苦労するの好きでんねん」
イヤハヤ、何ともすごいセリフである。
ミヤコ蝶々は、子供を授からなかった。
「自分の人生はいつも1人」と、よく呟いたそうだ。
晩年は舞台の袖まで車椅子で行ったが、そこからは立ち上がって、
舞台に出たという。
そして、観客を笑いの渦に巻き込む……
「男で苦労するのが好き」
ミヤコ蝶々のこの言葉は孤独な心の叫びだったのかもしれない。