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最新記事【2006年09月26日】

 一獲千金を夢見るギャンブラーというのはツキを大切にするもの。静岡県では清水次郎長一家でおなじみの「森の石松」の墓を削ると「勝負運が付く」との言い伝えがあるそうだが、その石松の墓がある静岡県周智郡森町の大洞院では競馬の大レースの前になると御利益を求めるファンが訪れる。

 困っちゃうのは、墓石ドロボーが横行すること。昭和10年に建てられた初代の墓は削られて原形をとどめなくなり、再建した墓も持ち去られ、現在は三代目。「カチーン、カチーンと昼間からノミで墓石を削る音が聞こえてくる。本当は駄目なんだけど、黙認状態です」と、寺の僧侶の深見孝自さん(40)は苦笑い。

 僧侶が見て見ぬフリをするのはワケがある。実は、寺では初代の墓石の残りを削って販売しており、年間3千個以上が売れているから。要するに、商売にしちゃってるってワケ。ところで、気になる御利益の方だが、「ギャンブルだけでなく勝負事一般に御利益がある」とか。このうわさを聞いた地元の県立掛川西高の野球部父母の会は夏の静岡県予選を前に参拝し、16年ぶり4度目の甲子園出場を果たしたという。

「最近いつも途中で負けるので、話し合って初めて大洞院にお参りした。御利益があったんでしょうね」とは、同会副会長の太田省二さん。さて、アナタも石松の石を買ってみますか?  

 バブル全盛期の日本は1億総マネーゲーム現象が起こり、なかでも株の人気はすさまじいほどで、主婦からお年寄りまで素人が投資に熱中。誰でも株さえ買えば、儲かるなんて時代だった。当時はそんな日本人のエコノミックアニマルぶりを各国のマスコミはさんざん批判したものだが、「金の魅力に勝てない」のは、どうやら日本人だけではないようだ。

 中国上海は急速な発展を遂げた都市としてすっかりおなじみだが、最近ではバブル崩壊の波を受けている。そんな上海で学校の先生が訴えられるという事件が最近起きた。
 訴えられたのは数学教師の張被告。彼は2年前から趣味で株売買を始めたが、景気の勢いに乗って大儲け! 証券会社でVIPルームをあてがわれるほど成功した。

 このうわさを聞いて、一獲千金を夢見た校長を初めとする先生たちは数10万元(一元は約12円)を預け、ひと儲けを狙ったのである。しかも、驚くことに投資に専念してもらうため、彼の授業を免除する熱の入れようだった。

 ところが、上海の株式相場が大幅に下落。先生たちが預けた資金は泡と消えてしまった。これに怒った教師ら21人が資金の返還を求める訴えを起こしたのだ。裁判所は預けた方にも問題はあると双方に和解を勧告中だというが、上海っ子たちは清貧のイメージが強い先生同士の訴訟騒ぎにあきれ顔だとか。

 滋養強壮薬として根強い人気がある朝鮮ニンジン。その人気の高さもさることながら、値段の方も高級品となると驚くような値段が付くこともある。

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との国境に位置する中国吉林省の長白山で農業を営むRさんはその日、普段通り野良仕事に出ていた。まさか自分がまるで夢のような幸運にめぐり会うとは考えもしなかったに違いない。

「何だ、これは?」
 土を掘っていた彼は不思議な手応えを感じた。掘っているうちにそれが朝鮮ニンジンであることがすぐにわかったが、とにかく長いこと長いこと。この掘り出し物は、長さ1メートル30センチ、重さ約390グラムもある巨大な朝鮮ニンジンであった。

 早速、業者に鑑定してもらうと、これは中国で発見された朝鮮ニンジンの中では過去最大で、「六百年もの」の逸品であることがわかったのである。

 早速、業者に売ることにしたRさん、提示された値段を聞いてまたまたビックリ! 何と180万元(日本円で約2100万円)だったのだ。これは中国では一生遊んでくさせるほどのとてつもない大金である。

こうしてたった1本の朝鮮ニンジンの発見で大金持ちになったRさんを見た近隣の農村では、我も続けとばかりにニンジン探索に励む人で一大パニックになったとか!?

 時代の流れにうまく乗るというのは、成功者の必須条件であるが、急速な経済発展を遂げる中国とミャンマーとの国境沿いの雲南省瑞麗には一獲千金を狙う人々がチャンスを求めて集まる都市として知られる。

 董勒成さんはミャンマーの貧しい農村で生まれ育った。中学校卒業後、瑞麗の商社に就職したが、漢民族の同僚とのトラブルで退職。21歳のときに雑貨店を始め、生計を立てていた。そんな彼はあるときひとつの事業を思いついた。それは当時はまだ電気が通じていなかった生まれ故郷の村に電線を引くことだった。早速、貯金をはたいて行ったこの決断が彼の成功の足がかりとなった。

 この話は村にとっては願ってもない話である。話はトントン拍子に進んだ。こうして村人の信頼を得た董さんは60年の期間で農地の借地権を獲得。これを担保に銀行から融資を受け、中古トラック十台で運輸会社を作った。うまく行くときというのは、何をやってもうまく行く。時流も彼に味方したのだ。当時はちょうど国境貿易が急速に伸び始めたとき。ミャンマーの木材を中国へ、中国の日用品をミャンマーへ。事業は順調に伸び、1989年、銀行融資でホテルを建てる。

 そして、これがまた当たった。「不動産が高騰し、日本円で約1億5千万円で建てたホテルが1年後には3億円以上の高値で売れた」と、董さんは言う。その後、石油スタンド、木材工場などのオーナーとなった彼は20階建てのホテルも建設。わずか5年間で、資産10億円という大金持ちになってしまったのだ。

 もちろん、彼の才覚も成功の一因だが、そもそもは「生まれ故郷の村に電気を引きたい」というボランティア精神がキッカケ。そんな彼の姿を見て、成功の女神が味方してくれたのかもしれない。

 世界のネットワーク革命と言われたインターネット。今や世界約150カ国、約6000万人が利用し、日本でもユーザーは100万人を突破したと言われる。その人気の秘密はWWW(World Wide Web)ブラウザと呼ばれる通信ソフトだ。これは文字だけでなく、写真や音声、動画など、マウスをクリックするだけで、世界中のホームページを見て回れるというもの。
 なかでも、「ネットスケープ・ナビゲーター」はインターネットユーザーの何と90%以上が利用するというお化けソフトだ。開発元の「ネットスケープ社」はまさにウハウハ状態。なにしろ今年2月の発表では前年同期に比べ、何と収入は34倍増! 月間4千60万ドルという大躍進を遂げ、同社の株も急騰している。
 この世界的ヒット商品を世に送り出したのは、元シリコングラフィックス社の創業者として知られるジム・クラーク氏。設立は今からわずか2年前の1994年4月だった。一体どういうキッカケでこのお化けソフトを開発したのか? 大いに気になるところだが、実はこれには原型となるソフトがあった。

 それは「モザイク」と呼ばれるソフトで、イリノイ大学の学生が開発したもので、「ネットスケープ・ナビゲーター」登場前は大人気だった。これに目を付けたのが、クラーク氏だったのだ。「これはイケる!」と一獲千金をもくろんだ彼はすぐさま大学に行き、「モザイク」開発の中心的存在だった学生らを引き抜き、現在の会社を設立。そして、「モザイク」をさらに使いやすくした「ネットスケープ・ナビゲーター」を作ったのだ。

 クラーク氏の読みは見事に当たった。ソフトは発売されるや、爆発的な人気を博し、現在では「ネットスケープ社」はコンピュータ界の伝説の人物であるビル・ゲイツ氏の「マイクロソフト社」をも脅かす存在にのし上がっている。

 現代はアイデアだけでは渡っていけない。かつては技術力ひとつで成功できたパソコン業界も今やビジネスセンスがモノを言うご時世となってきている。時代の読みとすばやい行動力。それが一獲千金長者となるための条件なのである。

 東京の繁華街などではときどき道端で週刊誌や漫画を売る人たちを見かけることがある。これらの雑誌、確かに古本扱いではあるのだが、驚くのはほとんどがその日に発売された最新号ばかり。値段も百円前後ということもあって、サラリーマンや大学生などの固定客も少なくないようだ。

 これらの最新雑誌を集めるのが「拾子」(ひろこ)と呼ばれる人たち。彼らは駅のごみ箱などからこれらを拾い集め、古本屋や露天商に卸すのが仕事である。現在、その数は首都圏に600人近くいると言われる。

 鈴木淳さんはタレントと拾子という二足の草鞋を履くユニークな人。本業の方はさっぱりで、せいぜい年間100万円稼ぐのがやっとだというが、副業である「拾子」では年間1千万円以上売り上げ、収入の方も500万近くあるという。

 ちなみにそのシステムだが、彼らが扱うのは人気週刊誌、漫画雑誌、エロ雑誌などが中心。こうして拾った雑誌は露天商や古本屋に引き取ってもらうのだが、1冊の買い取り値段は販売額の約半分の平均50円。特に人気が高いのは『ジャンプ』『マガジン』などで、発売当日は稼ぎ時だという。

 自らも古本屋を経営し、他の拾子たちからも買い取るという鈴木さんの一日は次のような感じだ。朝8時から大宮駅構内の40カ所のごみ箱で約1時間拾いまくり、11時に他の拾子が集めたものを現金で買い取る。正午から店で販売し、午後3時に2回目の買い取り、午後7~8時に再び拾子が店に持ってくる。これが通常のパターンだという。

「最初は人目が気になりましたが、1週間で病みつきになりました」という鈴木さんだが、地下鉄サリン事件以後は駅のごみ箱が閉鎖され、売り上げが半分に減ったこともあったとか。
 それにしても、ごみ箱が宝の山になるとは!? こういうのを一獲千金ならぬ一冊千金と言うんだろうね。

 日本でのカード発行枚数は今や2億枚を優に超える。サインひとつで買い物からキャッシングまでクレジットカードは生活の一部となっており、一方では使いすぎによるカード破産という社会問題も生み出している。

 そんなカード社会の裏で虎視眈々と大金を手にしているのが、カード詐偽師である。そのアブない手口を某詐欺師は次のように語る。
「例えば、アンタがカード詐偽をやりたいとするよね。当然、必要なのはカードだ。銀行系のでも信販系のでもなんでもいい。一番簡単なのは友人なんかとグルになってやる方法だ。友だちのカードを借りて、品物を買いまるだけ」

 たいていのカードには紛失・盗難に遭った場合のために保険が付いてる。60日前まで不正に使用されたモノは支払いが免除される。そこを狙うのだ。もちろんコツはあるという。
「まず、買う商品は10万円以下にすること。10万円以上の商品だと、店が確認作業を行なう。でもそれ以下の範囲内だとサインだけで済むからね。怪しまれる心配がないわけ」

 次に大事なのは、買い物はカード1枚につき250万円以内にすること。保険会社は何故かこの範囲内だと比較的に簡単に賠償するという。この限度を超えると、保険会社は警察に通報して、調査に乗り出すからやばいのだという。

「カードの使用限度額は50万くらいで、250万も使えないって? だから言ってるだろ。10万以下のモノを買えば、いちいち審査されないって。だからできるだけ短期間に、できれば1日で一気に買いまくるのがコツなわけ」

 大事なのは必ず警察に紛失届を出すこと。これが事故証明になるからだ。そして、そのあとすぐに紛失届を出すこと。カード会社への届けが遅くなると、支払い免除を拒否される場合もあるからだという。
 彼は金に困った人間を集め、組織ぐるみでこれまで数億の金を手にしたとか。
 なんて話を聞くと、素人でもできそうな気になるが、そうは簡単には行かないという。詐偽に荷担してくれる人脈もないし、さらに大きなネックは買った商品を売りさばくルート。それがないと、現金化できないからだ。

 要はプロの詐欺師だからこそできること。素人が手を出しても結局捕まるのがオチ。くれぐれもヘンな気を起こさないようにね。

 ジーンズと一獲千金!? と言われてピンと来る人はほとんどいないのではないだろうか? 一見何の関連性もないように見えるこの取り合わせ。実は大いに関係があるのだ。

 時は今から150年近く前にさかのぼる。当時、サンフランシスコはゴールドラッシュに湧いていた。全米各地から一獲千金を夢見て、有象無象の山師たちがこの土地に集まり、金鉱掘りに明け暮れていた。
 そこへ1人の男がやってきた。彼は金鉱掘りの人たちにテントや幌用の布地を売ろうと考えたのである。しかし、現実は甘くなかった。競争相手が多すぎて大失敗! 困り果てていた彼にある男がこんなアドバイスをした。

「普通のズボンはすぐボロボロになって困るんだ。もっと丈夫なズボンを作ってみたら、どうだい?」
 これにヒントを得た彼は売れ残った布地でズボンを作ったのだ。さらに、ヘビや虫などが近寄らないようにと、ズボンを青く染めた。すると、このズボンは飛ぶように売れたのである。そう、それが現在のジーンズの始まりである。

 作った男の名前はリーバイ・ストラウス。そう、彼こそは今や世界的なジーンズブランドとして大人気の「リーバイス」の創業者である。

 一獲千金という言葉を聞いて、誰でも思いつくのが宝くじ。実際、当選を夢見てン十年も買い続けているというファンも少なくない。とはいえ、宝くじというのは狙って当たるものではない。第一勧銀が発行している「宝くじ長者」の当選者の話なんかを聞いていても、何気ないキッカケで買ったらたまたま当たったというケースが実に多いのだ。

 アメリカニュージャージ州に済むジャネイロ夫妻は590万ドル(約6億円)を当て、一躍大金持ちの仲間入りをすることになったのだが、そのキッカケは何とちょっとした勘違いからだった。

 ある日、夫人は車で立ち寄ったコーヒーショップで軽い気持ちで宝くじを買った。くじはそのままダッシュボードの中に入れて置いたのだが、すっかり忘れていた。何日か経ったのち、これを見つけた夫、もう抽選の終わったものだとばかり思いこみ、別の宝くじ売り場へ行き、当たりの確認をしようとした。

 ところが、店員に「このくじはまだ抽選されていませんよ」と言われてしまった。せっかく来た彼はそのまま帰るのも何なので、持参したくじとまったく同じ番号のくじを選んで買ったのである。す、すると……。
 結果は見事大当たり! かくしてジャネイロ夫妻は19年分割で6億も大金を手にすることになったのである。

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