« 2006年09月29日 | Top2006年10月01日 »

最新記事【2006年09月30日】

 日本では今年4月の懸賞金に関する法律の改正で、賞金額は最高1000万円までに引き上げられた。このため、懸賞マニアは急激に増えたというが、賞金を出す側にとっては、ますますミスは許されなくなる。

 かつて主催者のミスでとんでもない大騒ぎが起きたことがある。これはペプシコーラのフィリピン支社がコーラの裏ブタを使って賞金百万ペソ(約5百万円)が当たるくじを実施したのだが、コンピューターのミスで当選者が続出。後に当たりくじが取り消されたため、数千人が同社や工場に押し掛ける騒ぎとなった。

 このくじは裏ブタの番号で当たりハズレが分かる仕組み。問題となったのは349番で、同社が一度当選と発表したはいいが、よくよく調べてみると、何と50万本以上のコーラにこの番号を印刷したことが判明。慌てて当せんを取り消したが、当たった人は黙っているはずもなかった。なにしろ、フィリピンの庶民からすれば、500万はとんでもない大金である。

「ペプシはちゃんと賞金を払え!」
 と、抗議デモが怒ったのである。結局、ペプシ社側は期限付きで、349番の裏ブタにも5百ペソ(約2千5百円)を支払うことにしたが、当選者の不満は収まらず、工場の周りでピケを張って「ペプシにだまされた」と息巻く騒ぎとなった。
 まあ、確かに500万がパアになれば、そりゃ頭に来るわな。

 バブル崩壊後、景気の停滞の続く日本だが、昭和50年代前半にも不況の時代はあった。企業倒産が相次ぎ、景気の冷え込みで個人消費が停滞。昭和51年に発売された「1千万円宝くじ」には市民が殺到! 全国で2人が死亡、25人が重軽傷を負うなんて事件まで起きた。

 当時は不況続きで、だれもが一発当てることを考えてた時代だったのである。そんな時代に登場したのが、株式市場を揺るがした兜町の風雲児こと、加藤アキラ氏だった。そう、「誠備グループ」の総帥として、数々の仕手戦に参加した男である。

 そんな彼が掲げた売り文句は「資金を一年で倍にする」だった。この魅力的な文句に一般投資家が殺到! 会員は瞬く間に5千人に膨れ上がった。プロの仕手集団というイメージの強かった「誠備」だが、元幹部はこう言う。

「当時の誠備には株のプロなんて一人もいない。ダウって何?って言うような素人ばかりだった」
 実際、加藤氏と幹部らの推奨株の銘柄を決める相談もいい加減そのものだったという。

 株価の推移が載っているチャートブックをぱらぱらとめくり、途中で適当にページの間に指を挟む。そこに載っている会社名を推奨銘柄に選んだというから驚く。業績や資産なんか一切関係なしなのである。

 信じられないことに、この素人商法はどんどん軌道に乗った。ウワサを聞きつけた人たちが続々集まり、会員も毎月3百人ずつ増加。55年には誠備の資金も何と8百億円に達したのだ。

 結果的には「誠備グループ」は破滅の道を辿ることになるのだが、株の素人がこれだけの大儲けをできるのだから、世の中には金の亡者がいかに多いことか。

アドセンスイメージ画像2


一攫千金やったモノ勝ち

夢やロマンは一攫千金のタネ

一攫千金そこまでやるか!

歴史が目撃した一攫千金

一攫千金事件簿

スポンサードリンク